地球生活

この物語はフィクションです。

2021.10.07 この流れのままで死ねたなら

 

 

兄が出張で数日家を空けている。こんなに静かな休日を過ごせたのはいつぶりだろうか。

わたしは他人の生活音が苦手で、部屋が明るいのも嫌い。自室は年中雨戸が閉めっぱなしで、自分が選んだ音以外は、足音もドアを乱暴に閉める音も、時計の秒針でさえもこの家から閉め出したいぐらいだ。

わたしの嫌いなありとあらゆる音を奏でる人間がいない。(むしろ兄が出す音すべてを"嫌いな音リスト"に上から順にぶちこんでいるだけかもしれない。)

たった2日間のひとり暮らし、それだけで遠足の前日に眠れなくなった子どものように心が舞い上がり、何をしようかあれこれ考えた挙句、結局友達に薦められた小説を明け方まで読んで、いつのまにか寝ていた。

昼には美容室を予約している。

地元のおばちゃんがひとりでやっているこじんまりとした店。シャンプーがとてつもなく上手い上に、程よくどうでもいい世間話。髪が傷んでるだのおすすめのトリートメントだの、余計なアドバイスを一切してこない適度に美容師らしい会話。完璧だ。

美容師に最も重要なスキルは、「不快なことを言わない、やらない」。

1時間ほどでカットを終え家に帰ると、軽くなった髪に指を通し、鼻歌まじりに母が買ってきてくれたパンをトースターで温めた。

いつもなら袋のままベッドの上で適当に流し込むが、髪を切ってご機嫌なわたしは、きちんとテーブルについて、お気に入りのグラスに水を入れた。

そして満腹になると心地よい眠気に襲われ、薄暗い部屋のベッドで、出かける前と同じ格好で寝ている猫の腹に顔を埋め、眠りについた。

昼寝から何時間経ったのか、外を見ると薄暗くなっていて、明日の仕事で使う服を干し忘れていたのを思い出して、洗濯機のスイッチを入れた。

待つ間、読み終えていなかった小説の続きをベッドに寝転がりながら読む。

そしてふと、「あれ、これもしかして今わたしは『最高の休日』をやっているのではないか?」と思った。

嫌なことが一切起きない、何もかもが自分に心地良いように流れていく。今この流れのままで死ねたなら、死後の供養など何もいらない。この世に何の未練もなく穏やかに成仏できるかもしれない、そんな大袈裟な気持ちにさせるほど、素晴らしい1日だった。

そしてこうしてこの最高の1日をここに書き記そうと思い立ったのだけれど、はたしてこんな何も起きない、平々凡々に幸せな、他人の日記。わたし以外の誰が読んで楽しいのだろう。

何かオチをつけようかとも思ったが、こんな最高な日の最後に、そんな面倒なことをするのはもったいない。

ただの人間の1日に毎回面白おかしいオチがつくと思ったら大間違いだ。

 

 

おわり